こんにちは。

2月14日は「バレンタインデー」ですね。でも実は、「予防接種記念日」でもあります。
福岡県朝倉市に本部を置く「予防接種は秋月藩から始まった」キャンペーン推進協議会が制定しました。日付は、寛政2年(1790年)2月14日に秋月藩の医学者、緒方春朔(おがたしゅんさく)が、天然痘の予防接種である「人痘種痘(じんとうしゅとう)」を行い成功させたことからだそうです。

新型コロナウイルスの蔓延以来、自治体からワクチンの接種券が送られてきたり、ソーシャルディスタンスを意識したりするなど、感染症との戦いが身近なものになりました。
今日は、予防接種記念日にちなんで、先人たちの感染症との戦いのお話をしてみたいと思います。

【天然痘の予防接種の成功】

長崎でオランダの医学を学んだ緒方春朔は、1788年頃、筑前国秋月(現福岡県朝倉市秋月)に移住し、大庄屋である天野甚左衛門宅の離れを借りて住んでいました。寛政元年(1789年)には、秋月藩第8代藩主の黒田長舒(ながのぶ)により、藩医として召し抱えられました。

その年から翌2年(1789年~1790年)にかけて、秋月藩内で天然痘が流行。
天然痘はウイルスによる感染症で、発熱や頭痛から始まり、やがて全身の皮膚に発疹が広がり、死にいたることもある恐ろしい病気です。感染力が非常に強いのも特徴でした。

春朔は若いころから種痘に関心があり研究をしていたそうです。その中で天然痘の患者から採ったかさぶたを粉末にして鼻から吸いこませ人工的に天然痘の免疫を獲得させる「人痘種痘」という方法を考案しました。

そして春朔の理解者だった庄屋の天野甚左衛門が、自分の子ども2人に人痘種痘を行うよう、春朔に依頼し、実施。2人の子どもは、接種から2日後に天然痘の症状を発症しましたが、その後10日ほどで回復したといいます。

【予防は治療にまさる】
春朔はその後も種痘の研究を続けました。秋月藩藩主の黒田長舒(ながのぶ)は、成功した種痘を全国に広げるように支援したといいます。春朔は自らが考案した種痘法を秘伝とせず、寛政5年(1793年)には、研究の成果をまとめた医学書「種痘必順弁」を著しました。また、諸藩の藩医が種痘を学ぶために春朔のもとに集まったといいます。春朔は、「病気になった人を治すことも大事だが、病気にならないようにすることは、より大事である」と予防医療の重要性を説き、実践によって、「予防は治療にまさる」ことを証明しました。

現在も私たちの身近に感染症があります。これらに対し、適切に予防接種を受け、必要な免疫をつけることが大切です。

◆【予防接種が受けられます】

病気にかからないために、そして、もし病気にかかっても重症化しないために、予防接種はとても大切です。当医院では予防接種を随時行なっています。予防接種は完全予約制です。肺炎、帯状疱疹予防のワクチン接種がありますので、お気軽にお問い合せください。